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zoom RSS 若旦那のまわりは「ころころろ」?!

<<   作成日時 : 2009/08/11 13:08   >>

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 しゃばけ第八弾。このシリーズの主人公は、妖怪の祖母を持つクウォーターの一太郎。小さい頃から体が弱いけれど妖を見ることが出来る一太郎は、江戸の大店、回船問屋兼薬種問屋長崎屋の大甘の両親と、心配性の兄や(妖)2人に育てられた若旦那です。甘やかされて育ったけれど、なんとか店の仕事も手伝いたいとがんばっています。本人の一生懸命さと思うようにならぬ体は、先に紹介した「翼の帰る処」の主人公ヤエトにも通じるものがありますね。
 今回は目の神様である生目神様に関わるはなしです。神様も悲しい記憶があったのです。


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 5つの短編が集まって、一連の話となっています。1話目は一太郎の初恋も出てきてほんわかします。そして生目神様との一瞬の邂逅。二話目で、ある朝一太郎の目が見えなくなっていたところから話が始まります。見えないなりにけなげにがんばる一太郎を、妖怪たちもいろいろな面で助けています。原因不明だったのが、目の神様のせいだとわかり、光を返してもらうためにはどうすればよいのか...
 最後に生目神様と直接対決。さてうまく返してもらうことができたでしょうか。

 この話の中で、神とは何か...という問いかけがなされます。これに、白沢(はくたく)と呼ばれる妖怪の化身仁吉が答えて曰く、

 「日の本の神は、この国の成り立ちと共にあるかたがたであり、日の本そのもののようなお方であられます。故に、その国に住まうものたちに尊崇される存在であられます。ですが、人と神とは、それだけの存在ではないのですよ。
 神は祟る者なのです。
 神は犯す者なのです。
 神は喰らう者なのです。
この日の本の神は、こそりとした噂で聞く伴天連の唯一神のように、契約によって動いたりはしません。人の身でその領域を犯せば、まさに神そのものである日の本、つまり天と地より報いを受けるのです。
 そして古来より、人との間に子をなすお方も多くあられましたが、神饌つまり神に供える供物として喰らわれた者もまた多々あったのです。
 それは人柱であり、人身御供であります。人は神へとささげられる贄となるのです。神は捧げられし人を受け取ってこられたのです。ですから、祈り敬う他に、人としての域を超え、神と関わるべきではありません。
 たとえば、この度の若だんなが目の光を失ったように、神は傍によりすぎた者の持つ時のすべてを喰らうのですから。」

 そして神にも深い悩みが存在する。「神は人と、時に、置き去りにされる」のです。

 絶対的な神としてではなく、神には神の悩みがあり、人の近くにあるが故に苦しみもあるのだと。
「神として敬われていたはずなのに、人を好いたとたん、好ましい相手だと思われていないことを思い知る。娘の相手は人でなければいけないのか。では今まで己に寄せられてきたと思っていた信仰はなんだったんだろうか。」
人からの一方的な思いでなく、神と呼ばれる方にも思いがあり、それゆえの苦しみもあったのだと。最後にこの神様は安らぎを得ることが出来たのでしょうか。少し切ない終わり方でした。

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